初投稿ですこんにちわ、あるいはこんばんわ 取締役の服部(ハットリ)が今、こちらを記入させていただいています。 会社の名前にOKINA−翁という命名につきまして、 また、 ロゴに込められたOKINAWA琉球に根付く文化でもある「糸芭蕉の縄(輪)」は、古代の「結(ゆい)」の文化、人と人を結びつける力の象徴であり、日本の古来大和「倭(わ)」の精神=和して尊び合う心の姿勢を表現。 私の祖先ルーツ非常に関与しておりますので、私の自己紹介を少し。 ウィキペディアにも服部連(氏)素性は掲載されていますが 私は、全国の服部氏の宗家の服部本家の人間です。 戸籍にあるように、先祖代々生まれも育ちも代々奈良県天理市(旧山辺郡)です。 『新撰姓氏録』(しんせんしょうじろく)という平安時代初期の815年(弘仁6年)に、嵯峨天皇の命により編纂された古代氏族名鑑があります。 その新撰姓氏録の中本、もしくは三、四巻に掲載されているのですが、 現在、写真にあるように国立公文書館や国会図書館に保存、デジタル掲載されています。 服部氏(連) 天御鉾命(天御中主命の十一代孫) 大和国服部連(奈良県山辺郡=現在の天理市周辺一帯) 大和国天神系の服部連は天御中主命の十一世孫にあたる天御桙命が祖と記されている。 神社として天理市の柳本町付近にあったらしいのですが、戦さ戦火で焼け落ちたらしいのです。 天御桙命が麻、綿、絹、織物と関係が深い事柄は、服部神社 (村屋坐彌冨都比賣神社 境内摂社)はとりじんじゃ(祭神:天之御中主神、天之御桙神。御神格:繊維染織・服飾全般を司る神とあり記載されている。 下記 「これより西2kmばかりの所に、大安寺村 字 神来森(カキノモリ)という土地がある。 そこに鎮座して波登里(ハトリ)村・阿刀(アト)村の氏神であった。 祭礼には、氏子が盆に綿を盛り、その上に十二祷を乗せてお参りした風習があった。今は、綿の栽培がなくなったので、此の風習はなくなった。 元弘年間(1331ー34・南北朝)の兵火に遭い社地を没収される。更に天正年間(1573–92・織田信長)にも兵火に罹り、神主が御神体を背負い本社(式内・村屋坐弥富都比売神社)境内に遷したと言われている。 伊賀の服部家(みなさんもご存知の忍者と呼ばれる服部ですね)も宗家からの家となります。 その子孫のうちの一人が養子に行った先からの子供がよく社会の教科書に出てくる観阿弥で、その子供が世阿弥です。観阿弥が観世流という猿楽から発展させた能の旗を上げたのが服部宗家である祖父喜太郎の生まれた場所から1キロ離れるか離れないかの所に面塚 観世能楽発祥の地があり、昭和11年に観世先代宗家左近師の直筆により建立された「観世発祥の地」の碑があります。 https://www.town.nara-kawanishi.lg.jp/0000000193.html その観世さん方、現在は東京・銀座の「観世能楽堂」を拠点に活動されています。現宗家は二十六世観世清和氏 能楽の観世流において「翁(おきな)」は、天下泰平・国土安穏を祈る、神事としての性格が最も強い最高格の特別演目です。観世宗家により大切に受け継がれ、正月や祝賀の舞台にて、神聖な面(白色尉・黒色尉)を身につけ、千歳・翁・三番三(三番叟)により厳かに舞われます。 「能にして能にあらず」:物語性がなく、祈祷的な要素が強いため、他の能演目とは別格とされています。 そもそも、 「翁」は、能が成立する前からの古い芸能形式を残しており、観世流において神への奉納として特に重視される演目です。 その『翁(OKINA)』と『沖縄(OKINAWA)』とを掛け合わせて 法人名を株式会社OKINA−翁 にさせていただきました。 沖縄=OKINAWAのWA=輪に託したのは沖縄の伝統的な衣服にも使われる『芭蕉布の輪』 人間国宝 平良敏子さん喜如嘉の芭蕉布は、重要無形文化財としても有名すぎます。 芭蕉布 「喜如嘉の芭蕉布」は重要無形文化財指定。数年かけ、200本の糸芭蕉から作られる着物。 芭蕉布は、糸芭蕉の繊維から作る沖縄の代表的な織物。古い書物には13世紀頃からすでに芭蕉布は織られていて、15世紀には現在の工程と同じ技法を使っていたと記されているといいます。 糸芭蕉は原皮が採れるまで約3年の成熟を待たなければなりません。また、背丈ほどにもなる糸芭蕉ではありますが、着物には内側のやわらかな繊維を用いるため、着尺一反分には約200本の原木が必要と言われます。戦前まで沖縄の各地で織られていましたが、今では大宜味村喜如嘉とごく一部の地域のみ。戦後、芭蕉布の生産が途絶えましたが、故・平良敏子さんにより復興が遂げられました。 1974年、重要無形文化財として、平良敏子さんを代表とする「喜如嘉の芭蕉布保存会」が保持団体として認定されました。 芭蕉布は糸芭蕉(いとばしょう)の繊維を原料とした伝統的な織物で、その糸芭蕉の芭蕉は俳人の松尾芭蕉が愛した芭蕉(バショウ)もこの仲間です。 その松尾芭蕉は、松尾芭蕉は、1644年に伊賀国阿拝郡(現在の三重県伊賀市上野赤坂町)で生まれました。 織物といえば 伊勢神宮に程近いところに服部氏の氏神として、機織りの神である天羽槌雄命(あめはづちおのみこと)や天棚機姫命(あめたなばたひめのみこと)が祭られている神社が各地にあります。 大和(現在の奈良県)から三重県の伊勢まで天照皇大神、斎王様がた一向と同行し続けたのでしょう。機殿神社 神服織機殿神社(かんはとりはたどのじんじゃ) このように、「大和服部」の機織りは、古代日本の服飾文化を支えた中心的な技術集団であり、その歴史は大和服部から始まり、伊賀忍者や現代の服部姓にもつながる古代由来のものです。 服部宗家→機織りといい、伊賀服部の伊賀と松尾芭蕉の伊賀繋がり、沖縄の琉球王朝からの「喜如嘉の芭蕉布」の織物といい、ご縁を感じました。 そこから、株式会社OKINA−翁が提供させていただけるものとして 日本文化 × 未来性を意識した言葉が要となります。 祈り・始原・寿ぎ(ことほぎ)・連なり・調和・清明・風土・循環 それは、 自然と人の共生、世界への和の発信、伝統と革新の結び目 一過性でない商流、一過性でない縁を重んじる精神 スローガン 和を結び、命を寿ぐ。 シンプルながら「理念」そのものを凝縮 翁のこころで、世界に届ける。 社名の象徴性を最大限に表現 祈りをつなぐ、和の物流。 食=祈りと捉える、差別化された言語感 風土の命を、未来へかなでる。 風・土・命・かなでる=芭蕉布に通じる 理念 「ことほぎ」=祝い・祝詞・寿ぐ心(翁の演目の核心にある精神) 「つなぐ」=食材、生産者、文化、顧客、未来、人と人 「和の命」=伊賀米、宇和島みかん、抹茶、鶏肉など「日本の風土と暮らしが育んだ命あるもの」 「世界へ」=米軍基地・グローバルマーケットを通じて世界中の人々へ届ける 方針 1. 祈りと調和の商いを貫く – ただの「物流」ではなく、「命の連なり」を尊びながら届ける姿勢 – 食品であり、祝福でもある – 納品は「ことほぎ」の行為として実施する 2. 結びの精神を商流に宿す – 生産者との輪、地域との輪、顧客との輪 – 芭蕉布のように、結びつく強さ・柔らかさ・しなやかさを持つ取引関係 3. 革新と循環の両立 – AIやDXの導入によって、人にも自然にも優しいサステナブル物流を創出 – 一過性の売上ではなく、「命を繋ぐ流れ」を中長期的に育む 4. 世界に“和”を届ける架け橋となる – 米軍基地を通じて、日本の食文化・風土の尊さを伝える使命 – 和の本質を、食を通して伝える「和の外交官」 5. 老いではなく、“翁”としての成熟を体現する – 経済成長のためではなく、精神の成熟と人の幸福の循環を目指す – 「翁」の精神=老いの美しさ、命の深み、先人の知恵の継承 経営理念として 株式会社OKINA -翁-は、 能楽の演目『翁』に宿る「祈り」と「寿ぎ(ことほぎ)」の精神を源に、 芭蕉布のようにしなやかで強い結びの力をもって、 日本の風土が育んだ命(食材)を、世界に和のこころとともに届けます。 私たちは、命の流れと調和を大切にし、 革新と循環を融合した持続可能な食の架け橋となることを目指します。 こうなりました。 これからも末長く頑張りつづけていく所存でございます。 どうぞ、『株式会社OKINA−翁』を末長くよろしくお願いいたします。 株式会社OKINA−翁 取締役 服部宇孜(天御中主命の十一代孫 天御桙命 後世)、他1名 Click here to edit.
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